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100円フォード [現代史]

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百円ショップ(セリア)で、上のものを手に入れた。木を組み立てて作るパズルのようなもので、ノリやハサミ不要で作れる。

これはおそらくアメリカのT型フォードをモデルにしたものであろう。

20世紀、戦間期(第一次世界大戦と二次の間)のアメリカで作られるようになった自動車だ。戦勝でノリにノッたアメリカで、ベルトコンベアを用いての大量生産で作られた自動車だ。戦間期アメリカの大衆文化の爛熟を象徴する製品だ。

戦間期のアメリカに関しては、女性参政権の確立、映画(ナチスドイツでも「宣伝」として重要な役割を果たすことになる)やラジオなどの大衆文化が発展したこともチェックしておきましょう。

大統領に捧げる呪文 [現代史]

センター試験では、現代史も出そうなので、今日は、私がかつて使用していた「アメリカ戦後史の大統領を覚えるための呪文」を紹介しよう。

先に言っておくが、呪文に意味はない。ただリズムが良い、と個人的には感じる。

さあいくど。

「トル・ゼン・ディ・ソン・ソン・カタ・レー・ブ・ック」(トルーマン、アイゼンハウアー、ケネディ、ジョンソン、ニクソンカーター、レーガン、ブッシュ、リントン・・・)だ。ちなみにフォード大統領もいるが、出題がみられないので割愛。ごめんなさい。日本語にすると「取る銭で損損、語れブック」となり、ますます意味不明になる。

さあ、リズムよく何回も唱えるのだ。さすれば、知らぬうちに頭に入ってこよう。次回はアメリカ大統領の練習問題を掲載する。力試しをしてください。


革命家の声を聞け! [現代史]

少し前になるが、アマゾンをぶらぶらしていると、面白いCDが見つかった。その名はChe Guevara The Voice of The Revolution である。カストロとともにキューバ革命を成し遂げたゲバラの演説が収録されたCDである。さらに、ラテンアメリカの音楽も収録されている。

残念ながら、わたしの語学力の制約上、内容を聞き取ることはできない。一部通訳されているらしきものもあるが、それも英語である(こちらは何とかしようと思えば、何とかなるだろう)。無論、貴重な声を聞くことに価値がある。ノイズはあるが、周りで聞いている人の熱気も伝わってくる。音楽はやはりノリがよい。

おまけとして、ゲバラのバッジとステッカーがついてきた。こちらは授業のときにお持ちします。ご入用でしたら一声かけてください。CDも授業のときに持っていくと思うので、革命家でない人もぜひお聞きください。

ちなみに、アマゾンではいま「輸入CDを2枚たのむと10パーセント引き』というキャンペーンをやっている。現代史関係で興味を引かれたものとしては、キング牧師の演説、レーガン大統領の演説、チャーチルの演説、などが発見された。これらも注文して、聞いてみたいと思っている。



Voice of the Revolution

Voice of the Revolution



表紙からして赤いCDであった。おまけつきにはちょっとびっくり。


モーターサイクル・ダイアリーズ (角川文庫)

モーターサイクル・ダイアリーズ (角川文庫)

  • 作者: エルネスト・チェ ゲバラ
  • 出版社/メーカー: 角川書店
  • 発売日: 2004/09
  • メディア: 文庫


こちらは本です。若きゲバラが伝わってくる良作。


Live From New York City 1967

Live From New York City 1967

  • アーティスト:
  • 出版社/メーカー: Sbme Special MKTS.
  • 発売日: 2008/04/01
  • メディア: CD


2枚で割り引きということもあり、世界史とは直接の関係はないものの、これも購入した。歌声も美しく、ギターだけなのにすごい。ちなみに二枚あわせて1414円だった(実話)。

問1 1414年に、シスマの解決を目指して開かれた会議は?

問2 その会議の主催者ジギスムントをニコポリスの戦いで破ったオスマン帝国の皇帝は?

不意打ちだって?そんなこともあるさ。

5分で読むエジプト現代史 [現代史]

第二次大戦が終わって、1953年にエジプトはナギブ氏をリーダーとする共和制をとります。そしてまもなくナセルがリーダーになります。彼は、エジプトが永きにわたって抱えていたナイル川洪水問題に対処するため、アスワン=ハイダムというダムを建設しようとします。ただ、資金が足りないので、お金の点では昔支配していた国であるイギリス、そしてアメリカに支援を受けようと考えていました。

しかし、ナセルは、植民地支配の負の遺産を克服するために、社会主義的な方向を(銀行の国有化など)を目指しました。

このことは、資本主義陣営のアメリカやイギリスを警戒させました。また、エジプトは、イスラエルではなく、もちロン、パレスチナ側に親和的でした。このこともイスラエルを支援する米英を警戒させました。そのため、米英はエジプトへの資金援助を停止しました。

エジプトは困ってしまいます。そこで、資金集めの手段としてスエズ運河の国有化を宣言します。そうすることで、スエズ運河の通行料を得ることができ、資金が集まるという読みです。

これに反発したイギリスなどが、イスラエルをけしかけてエジプトを攻めさせます。これを第二次中東戦争(スエズ戦争)といいます(「代理戦争」とみることもできると思う)。1956年のことです。この戦争は、結局は国連の指導もあって終結し、エジプトはスエズ運河の国有化を達成しました。

その後、アラブ圏の代表国になってきたこともあり、領域を拡大しようとするイスラエル(ユダヤ人側)との間に第3回(1967)、第4回(1973:第3回の復讐戦。ちなみにこのときエジプトの指導者はサダトにかわっている)の中東戦争を起こします。このとき、アラブ側はイスラエル支援国へ石油輸出を減らすことで圧力をかけるという戦略をとりました。これが原因で石油価格が高騰したのが、いわゆるオイル=ショックです。日本の高度経済成長を終わらせた要因ですね。

これはまずいということでアメリカも乗り台、どうにか停戦に至ります。そして、後にエジプト=イスラエル平和条約が結ばれるのでした。

5分で読むパレスチナ問題 [現代史]

聖地イェルサレムがあるパレスチナは、ユダヤ人たちにとっては神との約束の地でありました。ムスリムたちにとっても、ずーット、オスマン帝国の時代までも支配していた場所です。

第一次世界大戦のとき、イギリスは、敵側に連合したオスマン帝国をけん制するため、アラブ人たちとフサイン=マクマホン協定を結び、アラブ人に「パレスチナを渡す代わりに、協力してね」といいます。さらに、ユダヤ人たちから資金を得るためにバルフォア宣言を出し「パレスチナはユダヤ人に渡すから、協力してね」といいます。これは矛盾しています。

そのため、大戦後にパレスチナを誰のものにするのかという問題が起こりました。国際連合はパレスチナ分割案を出し、両方の人々がパレスチナで共存する方向性を打ち出します。その後、ユダヤ人たちはそこに、イスラエル国を建国します。しかし、アラブ側はそれを認めませんでした。それどころか、1948年、反対して攻めて来ました。これを第一次中東戦争(パレスチナ戦争)といいます。この戦争自体は停戦するのですが、パレスチナ問題そのものに決着がついたわけではないし、難民問題は深刻になりました。

1960年代には、排他的になっていたユダヤ人を批判するパレスチナ解放機構が成立し、民衆レベルでも、イスラエルに対する投石などによる抵抗運動(インティファーダ)が起こり、解決の兆しは見えません。

1990年に入ってやっと、アメリカクリントン大統領)の仲介石油の絡みもあったと思われるが)で、イスラエルを認め、かつ、パレスチナ解放機構の自治も認めるという、オスロ合意が締結されました。

しかし、一部のテロ行動や双方の領地拡大の思惑等があって、共存までは道遠し、というのが現状のようです。
なお、第2次~4次の中東戦争については、どこかでエジプト現代史の稿をとってまとめたいと思います。
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