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のび~る、のび~る [元までの中国]

新聞を読んでいたら、面白い記事に出会った。万里の長城の長さが1万キロほど長くなったという。これは無論、環太平洋造山帯の運動によるもの・・・であるはずがない。

そうではなく、新たな調査によってもっと遠くまで長城があることが分かったのだという。万里の長城というと始皇帝のイメージも強い。しかし実際は、春秋戦国時代に作られたものを始皇帝が改修している。さらに現存しているものの多くは、明の時代のものである。

この記事は、いろいろ考えさせられる記事である。ひとついえることは、調査技術や学問の進歩などにより、今分かっている「事実」とは異なる事実が発見されうるということである。歴史学ももちろん、そういった可能性に対して開かれている。さらに歴史学の場合、事実は同じでも、それに対する評価などは時代によって変わってくる。

私たちはもちろん、今の時点での定説を学んでいくわけである。それは長い学問の蓄積によって形成されたものであるゆえ、相当な妥当性があるのだと思う。しかし一方で、新しい説が見つかる可能性ももちろんある。

「もしかしたら、この人物はあんな人だったんじゃないか?」とか自分の説を立てながら世界史を勉強していくこともまた楽しいものである。新たな発見に胸を躍らせ、自分の歴史像を作ることも楽しんでいきましょう。(話がずれたが、自分の歴史像、イメージを作るってことは結構大切です)。


隋、唐、宋の語呂スペシャル [元までの中国]

隋による天下統一、唐の成立、宋の成立の年号の語呂合わせを紹介しよう。

隋の天下統一、589年。
「怖く(589)ないよ、隋の国」
煬帝のイメージに関する皮肉である。皮肉であるがゆえに覚えやすいというものだ。

唐の成立、618年。
「ロイヤル(618)ミルクティーに、砂糖(唐)」
ものすごくこじつけに見えるが、唐のロイヤルなイメージというのは必ずしも間違っていないのではないか?しかしながら、ロイヤルなのに超安(長安)い事は問題である。

ちなみに安史の乱、755年は「な、ごーごー(755)聞こえるだろ(わいるどだろ?)、反乱の音が」と覚える。750年にバグダードでアッバース朝というイスラーム王朝が成立したが、ほぼ同年代。唐の都長安と、アッバース朝の都バグダードはどちらも当時の100万都市。


宋の成立、960年。建国者は趙匡胤(ちょうきょういん)、都は開封(かいほう)。
「苦労(960)したから、気分は超(趙匡胤)爽快(宋、開封)」
ちなみに、世界史にはもう一人の苦労人が登場する。962年に、いまのドイツあたりの皇帝になった、神聖ローマ皇帝オットー1世である。これも「苦労人(962)ですオットー1世」と覚えることが多い。オットー1世は後に授業で扱う。


唐の人々を描いてみた [元までの中国]

今日の授業準備は唐の部分のノート作り、他。人物の顔も少し描いておいた。

すももももももももももももも.JPG

ちなみに左側に『ナイト・ミュージアム』解説のプリントを載せておいた。ある生徒がマヤのピラミッドの絵について賞賛してくれた。うれしいぜっ!!あの映画がきっかけで(2も含めて)リトル・ビッグホーンの戦いとかいろいろ調べてみたので、私としても勉強になりました。

とこしえの光は、人類の偉業を闇にうかべる [元までの中国]

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久しぶりに世界史に関する何かを作ってみた。今回は万里の長城である。始皇帝のところで登場するが、始皇帝は実際はどのような人物だったのか、どのように評価できるのか、といったテーマは常に興味深い。授業ではそんなところを考えていきたい。今回は、風化や破損まで再現したリアリズムに立脚した作品である。←

2分で作る白羽扇 [元までの中国]

蜀の建国者劉備を補佐した諸葛孔明の白羽扇をモデルに作成しました。三国時代の授業は、これと文官帽子で決まりですねww「問1を打ち破りまするぞ。そこ、だまらっしゃい!!」

むむむ・・・なにがむむむだ.jpg

未来を知ろうとして、火をつける [元までの中国]

今回は、年度シリーズの一環として、甲骨文字の彫られた亀甲を作ってみた。甲骨文字は、占いの結果を記すための文字である。亀の甲羅や動物の骨を焼いて、そのヒビによって吉凶を占うのである。新書で『甲骨文字の読み方』というのがあるので、それを入手しようと思ったのだが、手近な書店には見当たらなかった・・・。どんな未来が出たかって?それは・・・。きっと大丈夫さ。

恍惚の甲骨文字.jpg

講座の補足 青い空は [元までの中国]

講座で黄巾の乱を扱った。彼らのスローガンには「蒼天すでに死し、黄天まさに立つべし」というのがある。黄天はもちろん黄巾党(朝廷側からは黄巾賊)による統一の時代をさすであろう。では、蒼天とは何をさすのだろうか?

今のわれわれから見ると、青空(蒼天)が見られるような、青空に象徴されるような平安の時代はもう終わった、という意味にも見える。だが、実は、この蒼天の蒼(青)は、漢王朝を象徴する色であるということが言われる。しかしなぜ青が漢を象徴するかは、よく分からない。本来は漢の象徴は五行という考えに基づいて、火の赤とされているからだ。

後者の考えに立つと、火が灰を作り、灰は土になる、そして土を象徴する色は黄色、だから彼らは黄色の頭巾をかぶった、という説も出てくる。だがその説だと、漢は蒼天ではなく赤い空になりそうにも見える。

黄色は単純に目立つから、敵味方を区別する色としてちょうどいいという実際的な理由も、史料の裏づけは取っていないが、十分考えられるような気がする。髪の毛の黒と頭巾の黄色は、黒と黄色の対比効果でよく目立ちそうだ。

取り留めのない話になったが、色ひとつでもいろいろ考えると面白いものである。

今日の問答法
T「この時代に行われた貿易を、三角・・・?」
S「・・・関係」

講座の補足:「士は己を知るもののために死す」 [元までの中国]

今日の講座ではヤンシャオ文化から前漢までの中国の復習と演習を行いましたね。宿題もしっかりとやっておいてください。


人物
子譲(よじょう)・・・敵討ちの暗殺を行おうとした人。
智伯(ちはく)・・・・殺された子譲の主君。
趙襄子(ちょうじょうし)・・・智伯を殺したため、子譲に命を狙われた人。


さて、講座では春秋・戦国時代のエピソードを紹介しましたが、少しはしょったところがあるので、ここで改めて紹介しておきます。これらのエピソードは、司馬遷の『史記』(「刺客列伝」)によるものです。昔中国に子譲(よじょう)という人がいました。彼は、智伯(ちはく)という人物に仕えていました。戦争で智伯が殺されたので、敵討ちをしようとします。第一回目の暗殺は失敗に終わります。しかし、ターゲットの趙襄子(ちょうじょうし)もなかなか懐の広い人物で、敵討ちに生きる「かっこいい」子譲を見逃します。

しかし子譲は敵討ちをあきらめず、自分の顔をつぶし、のどをつぶし、まったく(妻も見分けられないほどの)別人となって趙襄子の元へ現れ、再び暗殺を実行しようとします。これも失敗するのですが、そこまで敵討ちに専心する理由を「士は己を知るもののために死す」と子譲はいいます。「男は自分の真価を認め、大切にしてくれたもののために命をかけるのだ」という意味です。その言葉に心を打たれた趙襄子は、自らの服を子譲に渡し、服を切らせます。すると、その服から血があふれたという・・・。

司馬遷の『史記』には、ほかにも自分の信じる道に生きた多くの人物が登場します。授業では項羽と劉邦を紹介し、范増や韓信などのエピソードなんかも簡単に紹介しましたが、興味深い人物がたくさん登場します。項羽と劉邦(楚漢戦争)については、司馬遼太郎の小説もあります。2年生の古典の教科書にもおそらく載っているはずですし、もしかしたら 始皇帝を暗殺しようとしたエピソードも載っているかもしれません。時間があったら、そういったものに目を通すのもよいかもしれませんね。

レッドクリフ人物図を作ってみた [元までの中国]

講座で配るかもしれないので、三国時代の赤壁の戦いにおける主要人物のリストを作ってみた。2年生の授業がちょうどその辺りなので、そこでも活用したい。1年生で世界史を終えたり、2年生で終えたり、受験で終えたりとそれは人それぞれだが、世界史の学習を終えた後でも、関連する本を読んでくれたり、映画を見てくれたりするならこれほどうれしいこともなかなかないのである(1)。フィクション(『三国志演義』自体がフィクションであり、映画「レッドクリフ」はさらにフィクション・・・)だが、できる限り解説を入れながら、2年生では「レッドクリフ」パート2を見る予定だ。きわどいシーンは割愛ですけど。受験講座ではさすがにそれほどの余裕はないが、『三国志演義』にも触れつつ、今までの授業のときに触れなかったようなエピソードを交えて興味を持ちながら受験勉強を進めていきたいと思っている。

シュウユが美しくないとか言わないの!.jpg

横山光輝三国志をベースに、レッドクリフの俳優を参考にして作成した。


(1)ある生徒が世界史で登場する文学作品を読みたいといっていたが、そういった学びはとっても素敵だと思う。
私は高校のときに何冊か読もうして挫折した記憶がある。本格的に読み出したのは大学に入ってからだった。明日学校にほんの少しですが文献を持っていきます。ただし、『デカメロン』を読みたいというリクエストにはお答えしておりませんww。ちなみに、本格的な小説は、これからの文化史でいろいろ紹介する予定です。『赤と黒』とか・・・。


そう?そうなのかなぁ? [元までの中国]

昨日、夜の八時から曹操(三国時代の魏の王:皇帝にはならなかった)の墓の特集をやっていたので、それを見ました。中国の権力者の墓というと、殷王や始皇帝のように、豪華に飾られているのが普通だが、曹操の墓はそうではない(ごめん、だじゃれじゃないんだ)。それはなぜなのか、ということをテーマにして作られた番組でした。

明の時代に成立した歴史に基づく物語『三国志演義』では曹操は悪しき権力者として描かれているが、実像はどうだったのかということを探っていくのです。そこに墓の名座を解き明かす手がかりがあるかもしれないと。曹操悪人説に対する見直しは近年よく言われているのですが、中国の現代の人々の曹操に対する意見などを知ることができたことが面白かった。めちゃくちゃ英雄視されているのですね。

あと赤壁の戦いの現地の紹介もありました。伝承として赤壁の戦いの様子も語られているようで興味深いものでした。壁に「赤壁」と書いてあるのだが、誰が書いたかからないとか・・・。

さあ、明日から授業だ。がんばるぞ。

※1 ただし、そもそも本当に曹操の墓なのかということに関してはまだ疑問の余地はあるようだ。
※2 再放送らしい。
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